日本の伝統工芸や「職人」が欧米からの観光客に注目されるワケ

マスメディアに可愛がられている知識人層というのは、実は適当なことを言っているだけなので、テレビや新聞を情報にしている人々はなかなか気がつかないのが現状です。
一方、日本のほとんどの神社や寺、そして教会でも「ご利益第一」なのでそこには祈りがありません。坊主や神父、牧師などが祈りを独占し、寺銭(献金)を信者たちから徴収してビジネスしているだけのことです。
もっとも、人々が反省をする機会と場所を提供してるので、運営するための維持費が必要なのはわかります。例えば、先祖は自分の心の中にあるはずで、墓そのものは思い出すためのモノでしかないわけです。
日本人であれば誰でも、亡くなった父や母などを背後に感じながら生きているものです。ところが、いつもそこにいるので墓参りはする気がしないのは当然のことです。なぜなら、そういうものだからです。
実は、何か行動する時の動機の中に祈りは含まれているわけです。お墓の前で先祖に手を合わしたところで、多くの日本人はどのように祈っていいのか教わっていません。つまり、そこには祈りはないということです。
結局、大量に日本に押し寄せてくる外国人観光客は、このシーンを見に来ているように思います。しかし、彼らも一体何を見たいかを自覚していないようです。彼らが内心思っていることは、「カネにもならないのになぜそんなに丁寧なことをするのか?」です。
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このように、日本人よりも外国人が不思議に感じていることが実は「本当の日本の魅力」であるということです。外国に長く生活していた私には、理解しがたいことはたくさんありますが、それは生活そのものが祈りであるという文化が日本にはあるということです。
私が思うに、これは3000年以上前の縄文時代からの伝統で、2000年前の古墳時代からの皇族の行動では、弥生文化というのは損得で生きていることから、その時から東洋文明も西洋文明も似たようなモノになっていったことがわかります。
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