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現在の北海道のインフラ整備とエネルギー開発は、朝鮮人徴用工がつくったという現実

2018年に板門店(パンムンジョム)で開催された南北朝鮮会談から、韓国と北朝鮮は統一に向けて一歩も二歩も前に進み出しています。


しかし、従軍慰安婦問題をはじめとする日本と韓国の間に横たわっている根の深い問題は解決されそうもなく、その上、韓国の最高裁に当たる大法院が日本企業に対して元徴用工に計4億ウォン(約4000万円)の支払いを命じる判決を下したことから、両国の溝はさらに深くなってしまいました。


これに対して、すでに解決済みとの立場を取っている日本政府は、すでに外交ルートでの関係修復は不可能と判断し、国際司法裁判所(ICJ)に提訴することにしました。戦時中の日本企業による徴用工は実際にあったわけですが、国際法では一応の決着は付いているようです。


ところが、安倍政権と日本企業のメンタリティーが訂正されない限り、韓国側も決して許すようなことはないと思われます。


さて、朝鮮人徴用工がどのような酷い扱いを受けてきたかは、北海道中を旅行すると理解できるかもしれません。


今から80年ほど前の北海道では、森林資源の開発や石炭資源の開発、水力エネルギー開発、そして道路建設などに大量の朝鮮人労働者が投入されてきました。日本政府の国策として当時の財閥企業が開発工事を請け負ったわけです。


北海道の悲劇については、韓国メディアが虐待死の事実や遺骨発掘活動について報道していましたが、最近では情報不足のためか報道されることがかなり減ったようです。最も酷いケースでは、理解できない日本語の証文に署名させられ、借金を背負わされる形で強制的な労働に駆り出された者までいたとされています。


当然、私語は厳禁でルールに違反すると拷問と体罰が待っていました。疲労と寒さと栄養失調で倒れると手当てもされずにそのまま葬られたように、北朝鮮の強制収容所で起こっていたことと同じことが80年前に日本で行われていました。


特に、道東にあるダムやトンネルなどは、悲劇の場所として今や心霊スポットになっています。当時、多くの朝鮮人労働者が過酷な条件で働かされ、事故死した朝鮮人労働者の幽霊が出没するとの噂が立っています。


私自身、毎年夏になると札幌から道東旅行に出かけますが、これらのスポットには必ず朝鮮人労働者の霊を鎮めるための慰霊碑が建っているのを見かけます。あまりにも頻繁に幽霊を目撃することから御霊を鎮めるため地蔵尊が建てられ、供養祭が営まれるようになっています。


今でも心霊スポットであるだけではなく、ヒグマも出没するために行くことができない場所もあるほどです。内地に住む日本人は、美瑛や富良野、ニセコ、トマム、そして知床が北海道の姿だと思い込んでいます。


しかし、北海道の近代史というのは、朝鮮人徴用工と囚人の虐殺、そして数限りないアイヌの死によって成り立っているということです。つまり、現代と同じように利権を得ようとする官僚と企業が、どれだけ冷酷無悲であったかを確認できるのが北海道なのです。


明治政府の頃から、官僚と財閥企業というのは次から次へと獲物を狙うために移り住み、現地に住む人々を殺してきました。実際、日本人の残酷さと狂気は、組織集団になったときに発揮されることが明らかになっています。


そして、そのような日本人独特の残酷さと狂気は、若者たちを「ええじゃないか騒動」で暴動を引き起こすよう誘導している広告代理店とその顧客によって知ることになるはずです。表面だけを見ていては、決して身を守ることはできないということです。

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